2009年5月18日月曜日

第13回統一マダン神戸延期のお知らせ

第13回統一マダン神戸延期のお知らせ

統一マダン神戸実行委員会は本日(09.5.18)、下記にありますように“新型インフルエンザ”の感染拡大を出来る限り抑制する対策により開催の自粛・延期を決定しました。
統一マダン神戸を応援して下さっているみなさまおよび楽しみにして下さってたみなさま、
ご理解のほどよろしくお願いします。
延期の日程としましては何分、急な事でしたので延期日確定が難しく、次の2候補となっています。
2009年09月27日 日曜日
2009年10月04日 日曜日
内容につきましては若干の変更があるかも知れませんが、楽しみにして下さい。

市長メッセージ

5月16日、神戸市内において、新型インフルエンザ患者が発生しました。

本市では、引き続き、市民の健康を守るため、感染拡大を出来る限り抑制するとともに社会経済機能を維持するための対策に、関係機関と密に連携しながら、全力をあげて取り組んでいきます。

市民・事業者の皆様におかれましては、引き続き、国や県、市が発信する情報に注意していただくとともに、次のことに留意し、落ち着いて対応してくださるよう、ご理解とご協力をお願いします。

  1. 今回の新型インフルエンザは、季節性インフルエンザに近い症状であり、タミフルなどの治療薬も有効ですので、冷静に対応してください。
  2. 咳エチケット・手洗い・うがい・洗顔やマスク着用など、日頃からのインフルエンザ感染予防対策を行ってください。
  3. 外出にあたっては、不要不急の外出は自粛し、なるべく人混みを避けてください。電車など、公共交通機関を利用する場合にはマスクを着用するなど、十分な予防対策を行ってください。
  4. 発熱や咳など、新型インフルエンザ感染を疑わせる症状がある方は、医療機関を受診する前に、まず、発熱相談センターに電話で相談してください。相談のうえ、適切な医療機関をご案内しますので、その指示に従ってください。
  5. 新型インフルエンザに感染したおそれのある方は、保健所から電話等で健康調査を行います。また、必要に応じて、外出の自粛をお願いする場合がありますので、ご理解、ご協力をお願いします。

    平成21年5月17日


2009年5月5日火曜日

朴保(パク・ポー)ライブ



■5月4日(月)開店18:00/開演19:30
Live & Kichen Bar「RJ&BME'S」
(西宮市甲風園1-6-2セントラルビル3F)
http://home.att.ne.jp/iota/RJ-BME/
出演:朴保(vo.g) Sassy Tomo(Key&Vo)
料金:3500円(1ドリンク付)
*限定25名・要予約

予約・問合せ:キムハンスン TEL.090-5044-8835/こかんほ TEL.090-2389-8805



韓国のケーブルTV YTN では朴保(パク・ポー)さんを“ 「日本のボブ・ディラン」と呼ばれる在日同胞歌手がいます。 韓国式の名前に変え、多くの差別と冷遇を経験しながらも在日同胞、日本人に関わらず 厚いファン層に支持されています。 ” と紹介されています。
パワフルにそして時にはコミカルにシリアルなテーマである自由と反戦、環境問題や差別問題等を朴保さんの音楽は社会に対してのメッセージとして投げかけています。
会場は定員25名の小さなライブハウスで満員御礼となりました。わたしたち夫婦はこの中では新参者で少し遠慮がちにライブが始まるまでの少しの時間を利用して食事をとりました。
メッセージ性の強いオリジナルソングは新鮮な驚きと共に心に響いてきます。聴き入るあまり硬直している自分に気付きほぐれて来たかなぁと思った頃には“さぁ、これから後半です”と言われた。最初の朴保(パク・ポー)体験はわたしをフリーズ寸前にしました。何度かこれからも体験し常連の皆さんのように楽しめるようになりたいと思います。
アルバムの録音では歌詞を変えなければならない事があると聞き驚いた。メッセージソングで歌詞を変えなければならないとは・・・。世の中思うに任せられないことがある事を改めて実感した。でも、ライブはそんな制約を受けないところがいい。“ チマチョゴリが切りさかれ・・・” の部分はアルバムの録音では“ Tシャツが切りさかれ・・・” と変えて収録したそうです。今日は持ち合わせがなかったのでCDを購入できなかったですが次回はお金を貯めて・・・。
主催者の方にお願いなのですがライブで歌われる曲の歌詞を配っていただくことが出来ないものなのでしょうか?メッセージ性の強い内容ですので視覚的に訴えることも必要ではないかと思いました。

“プロジェクトP”
~朴保新アルバム制作100人委員会~

趣意書

朴保(pak.poe)という歌手に初めて出会ったのはほんの数年前で、京都のすこし高台に位置する瀟洒な民家で開催されたライブ会場であった。平屋で 典型的な日本家屋のそこはどう考えても彼の音楽とは不釣合いな舞台設定だったが、冒頭から近所迷惑などまったく顧みないというふうにパワフルな音楽が脈 動したのには驚いた。さらに、フルヴォリュームのマイクから放たれるかすれ気味の中低音から一気に駆け上がる醇乎(じゅんこ)としたハイ・トーンが四囲の空気を切り裂いたときは、思わず度肝を抜かれるほどの感動を覚えた。
昨今、街に流れている音楽のほとんどが甘い高音質を操る歌手たちに席捲(せっけん)されているが、わたしはどうにもこれが好きになれない。確かに耳に 入ってくる分には心地よいが、シロップのエキスだけを抽出したようで、真っすぐこころには響かない。しかし、朴保の声質は明らかに異なる。スキップするように軽々と高みをきわめているように聞こえるが、至純としか形容できないその音質には長年にわたる苦渋と葛藤の境涯が息づいているようだ。初物に遭遇するときはいつも斜に構えて容易に動じないはずのわたしだが、この時ばかりは余りにもあっけなく朴保にからめ取られてしまった。
以来、足繁く彼のライブに日参するのだが、いつも奇異に思うことがある。それは、何故にこれほどの実力派のシンガーがマイナーに甘んじているかというこ とだ。確かにライブ会場には熱心なファンが来ているが、はっきり言って入りきれないというほどではない。ほとんど自前であるその曲は、詩もメロディーも なかなかレベルが高い。社会的なメッセージをふんだんに織り込んだ音楽も話題を呼ばないのだろうか。そして改めて喧伝するまでもなく、飛びぬけたその音楽性と、彼のもっとも誇るべき顕著な声質はなまなかな努力などでは得られぬ天稟(てんびん)の形質さえ感じる。メジャーな実力に呼応するように人気もメ ジャー級にならないかと歯がゆい心地だった。あるとき、ライブ会場でたまたま隣に座った新聞社の元学芸部長にこの積年の疑問を披露したら、彼も不思議そ うに「これだけの歌手を見過ごしていたのは、メディアの責任だな・・」と。これを聞いてすこし嬉しくなった。朴保に対する思い入れは、必ずしもわたしだけのひとりよがりではなかったのだ。  つまらんマスコミの怠慢などに振り回されず、では、われわれだけでも彼の音楽を支援したいと??う声が、京都のわたしの周囲から澎湃(ほうはい)として湧き起こってきた。実は、本年2009年は朴保にとってデビュー以来30周年の記念すべき年である。加えて、田中幸夫監督の「Pak Poe」(仮題)という彼の数奇な音楽人生を追ったドキュメンタリー映画も今春 には完成する。
これら一連の記念イベントに加えて、われわれが考えたのは、彼の新アルバムを自主的に制作しようということだ。もちろん朴保氏の意向と希望を尊重し、できるだけ多くのファンから醵金を募り、晩春ごろにはこの事業を成就させたいと思う。朴保のCDはここ最近は出ていないそうだ。ゆえにニュー・アルバムの制作は、彼のたっての念願だと聞いている。その意味でもこの事業を通して、今年は新たな旅立ちを模索する彼をささやかながら支えたいと考えている。多くの朴保ファンがぜひこのニュー・アルバムの制作に共感と助力を注いでくれることを願うものだ。                    

2009年1月         
発起人代表・金鐘八(キム・ジョンパル)

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【プロジェクト趣旨】
  アルバムを創るためには、多くの労力が必要です。十分に納得いくものを創ってもらうために朴保をバックアップしようというのがこのプロジェクトPの趣旨です。
また、この企画を通じての販売が、草の根的プロモーションにつながる事を願って、朴保の音楽に共鳴する仲間で資金を出し合い販売を自主企画することになりました。

【プロジェクト 手順】

・委員には一口3万円で制作費を事前に出資して頂く代わりに、新アルバム10枚を完成次第、お届けします。

・委員会に参加表明される方が100人(延べ100口)集った時点で、送金の受付を開始し、プロジェクトPは始動します。

・委員会はその後も、委員による宣伝、ライブ等の企画に関しては、資料提供等、バックアップします。 

プロジェクトPの趣旨に賛同し委員として参加して頂ける方は 住所、氏名、電話番号、E-mailアドレス、委員としての名前の公表の可否を
下記の連絡先まで、お伝えください。
(委員にはなれないが、何らかの形で協力を、という方も是非、ご連絡ください。)


“プロジェクトP”
~朴保新アルバム制作100人委員会~
連絡先:高康浩(こ・かんほ)        
〒604-8326 京都市中京区姉大宮町東側102
phone:090-2389-8805  
mail to: mailto:pakpodasu@hera.eonet.ne.jp
振替口座
00980-5-157057
朴保新アルバム制作100人委員会

*朴保オフィシャルサイト http://www.pakpoe.com/


今後の予定

■5月6日(水)開店18:00/開演18:30
クロスロードカフェ(兵庫県伊丹市中央3-2-4)http://www.crossroadcafe.jp/
出演:朴保(vo.g) 清水 達生(チャンゴ)
料金:3500円(1ドリンク付)
*限定25名・要予約
予約・問合せ:こかんほ TEL.090-2389-8805

■5月8日(金)開店18:00/開演19:00
ART CAFE & MUSIC BAR「FAIRY」(大阪市北区野崎町6-8トレックノース梅田ビルB1)
http://www.music-fairy.jp/
出演:朴保(vo.g) Sassy Tomo(Key&Vo) 清水 達生(dr)
料金:3500円(1ドリンク付)
*限定25名・要予約
予約・問合せ:FAIRY TEL.06-6361-0984

2009年5月4日月曜日

憲法記念日において


憲法記念日の朝日新聞の社説では「貧困、人権、平和を考える」と題して憲法25条を取り上げていた。
平成の大恐慌で職を失い、住む所を失った人が急増している世相を反映している。
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を謳うこの憲法25条はGHQの草案にもなかったし、当時の欧米諸国の憲法にもない先進的な条文だそうだ。このように人権に対して先進的な意識を維持し、育てることが出来ていたなら日本という国はもっと住みやすい国になっていただろうにと思うと残念でならない。
現実は朝日茂さんの「朝日訴訟」にも見られるように理想とは程遠い。そして今も生存権訴訟は続いている。
また、憲法9条に関しては「憲法9条を守るかそれとも変えるかもしくは分からない」の3つの選択肢に対してのアンケートを行ったが憲法9条そのものを知らないという人が多いのに驚いた。調査する側からは判断に対する如何なるアプローチも絶対しないというスタンスで始めて約1時間の間に198名が投票し、守ると応えた人が149名、変えると応えた人が28名、分からないと応えた人が21名だった。結果は守ると答えた人は7割5分と圧倒的だったが一部のマスコミ等では朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が日本に対して挑発行為をしているとは到底思えないのに朝鮮共和国(北朝鮮)の衛星ロケットをミサイルと決め付けて危機感を煽り、戦争の出来る国へと変えて行く手助けをしている。憲法9条を変えるべきと答えた人の中には“北”から 攻めて来られた時のために必要だと答えている。朝鮮共和国(朝鮮民主主義人民共和国)が日本に向け先制攻撃をするなら、このように危機感を助長させるような行動に出るだろうか?もし、そう考えているのなら余程の世間知らずか朝鮮共和国を蔑視しているとしか思えない。
朝鮮民族はかつての日本国による植民地化に対する恥辱を忘れてはいない。二度と過去の二の舞をしないという強い意志が決して妥協しないという強固な姿勢に現れている。朝鮮民族は分断されたとはいえ、南の韓国(大韓民国)においても何ら変わらない。来年1910年に日本により植民地化されて100年を迎えるが、「国恥100年・・・」という風に決して忘れまいとする意志が強いのがわかる。米国の脅威がなくなれば核も必要なく、わが朝鮮民族も再度の蹂躙に対する恐怖もおのずと薄れて行くことになるのではないかと思う。日本が黙っていれば全ての問題はスムーズに運び、結果的にそれが日本の平和のためになる事は日本の政府は十二分に承知しているのでは?という疑問が湧く。憲法9条「改正」のためにはあくまでも朝鮮共和国(北朝鮮)が危険な国であり続けていてほしい日本政府としては6カ国協議を邪魔し続けることが必要であるという計算が見えてくる。

大阪人権博物館セミナーの中止問題のその後

大阪人権博物館セミナーの中止問題についてその後の経過が詳しく書かれたブログを海南島近現代史研究会の佐藤正人さんが4月28日から、ブログ http://blog.goo.ne.jp/kisyuhankukhainan/ で連載をはじめましたのでお知らせします。






2009年3月30日月曜日


第18回ふれあい芦屋マダン 

3月29日 日曜日 晴れときどき曇り 気温12℃ぐらい 少し強めの風が時々吹いている

午前11時から芦屋市立宮川小学校で開催された。無風のときに日向にいるとぽかぽかと絶好の日向ぼっことなったが一旦曇ると風が出て肌寒く感じる。今年は韓国料理の屋台もなく、しかもプンムル(風物)隊もなくコリアン色はマダンという名前と横断幕のハングルぐらいで残念!在日外国人の中でも圧倒的な比率で存在したコリアンの存在がここまで無くなるとは・・・。世の中の移り変わりの中で独り取り残された様で少し寂しさを感じた。それと同時に日本の社会の中での在日外国人の多様化の現実を感じる事となった。こんにち、日本ではますます過去の歪んだ愛国教育や排他的な教育がなされようとしている時だからこそこういった取り組みはますます必要になって来ています。このマダンでめざす多文化とのふれあいの大切さを今後も多くの人たちに知ってもらい感じてもらわなければなりません。今後も変化を繰り返しながらもその時その時の時節にあったスタイルで続けていってほしいと思います。また、このたび、エコロジーにもスポットをあて、リユース食器を使うことは子どもたちがエコを実体験することによりその大切さを体験できたとても良い取り組みだったと思います。各地のマダンにもこういった取り組みを検討して実践してほしいと思います。最後に実行委員長の辻本先生はこの程定年退職されましたがここでお疲れ様でしたと辻本先生を送り出すのではなく、ぜひとも今後も実行委員長として多文化への理解とふれあいを伝えていってください。わたしにとっては少し寂しいマダンとなりましたが決してくじけずに頑張ってください。

2009年3月10日火曜日

大阪人権博物館セミナーの中止問題

日本の中でも一際大きな自治体としての人権意識と人権博物館の存在意義を問われる要請書と質問書がそれぞれに送付されました。来週にもその返事が来ると思われます。
海南島近現代史研究会事務局斉藤日出治様ぜひ、この結果をお知らせください。

そしてこのブログにお越しの皆様もともにこの問題の顛末を見届けましょう。

*** 以下、海南島近現代史研究会事務局斉藤日出治様からのメールを添付します。***

2月~3月に予定されていた大阪人権博物館セミナーの中止問題について、2月28日付で、海南島近現代史研究会から、大阪人権博物館、大阪市市民局大阪人権室に、要請書と質問書を送りました。(以下、一部省略)

海南島近現代史研究会 事務局 斉藤日出治
 


 要請書

 2009年2月28日

 大阪人権博物館館長 秋定嘉和さま

海南島近現代史研究会
 連絡先大阪産業大学斉藤日出治研究室内
 大阪府大東市中垣内3


 海南島近現代史研究会は、2007年8月に結成されました。

2009年2月14日から4回にわたって予定されていた大阪人権博物館の2008年度リバティセミナー(2)
被差別民衆とアジア・太平洋戦争」の2回目に、講演依頼を受けた海南島近現代史研究会会員のキム チョンミが、「日本占領下 の海南島で(1939年~1945年)」という題で講演することになっていました。 
「被差別民衆とアジア・太平洋戦争」の案内チラシに、キム チョンミは講演要旨を書き、校正を2008年11月末におえていました。チラシの印刷は12月に終わっていたようです。ところが、2009年1月20日になって、このセミナーの担当者である朝治武さんから、セミナーを中止することになったと聞きました。
その理由は、大阪市市民局人権室から、2009年1月5日付の文書で、このセミナーの「目的、内容等が適正とは認められないので」、「不受理」と通知されたからとのことでした。

このことにかかわって、つぎのことを要請します。

1、大阪市市民局人権室にたいし、「適正とは認められない」という「目的、内容等」を具体的に文書で示してもらってください。 そして、その文書回答を、海南島近現代史研究会に提示してください。

2、大阪市市民局人権室にたいし、「適正とは認められない」理由を文書で詳細に具体的に示してもらってください。そして、その文書回答を、海南島近現代史研究会に提示してください。

3、大阪人権博物館が、案内チラシを印刷したにもかかわらず、独自にリバティセミナーを開けない理由を説明してください。

4、リバティセミナー「被差別民衆とアジア・太平洋戦争」を中止した事実と経過を、大阪人権博物館のホームページなどで、公表してください。

2009年3月15日(土)までに、文書およびメールで回答してください。



質問書

2009年2月28日

大阪市市民局人権室室長さま

海南島近現代史研究会
連絡先 大阪産業大学 斉藤日出治研究室内
大阪府大東市中垣内3

 
海南島近現代史研究会は、2007年8月に結成されました。
2009年2月14日から4回にわたって予定されていた大阪人権博物館セミナー「被差別民衆とアジア・太平洋戦争」の2回目に、講演依頼を受けた海南島近現代史研究会会員のキムチョンミが、「日本占領下の海南島で(1939年~1945年)」という題で講演することになっていました。ところが、2009年1月20日になって、このセミナーの大阪人権博物館担当者から、セミナーを中止することになったと聞きました。
 その理由は、大阪市市民局人権室から、2009年1月5日付の文書で、このセミナーの「目的、内容等が適正とは認められないので」、「不受理」と通知されたからとのことでした。

このことにかかわって、つぎのことを質問します。

1、「適正とは認められない」という「補助事業の目的、内容等」を具体的に示してください。

2、「適正とは認められない」理由を具体的に詳細に説明してください。

 2009年3月15日(土)までに、文書で回答してください。

2009年2月9日月曜日


海南島近現代史研究会 第2回定例研究会  http://www.hainanshi.org/


主題:海南島侵略開始・アジア太平洋戦争準備開始70年

1939年2月10日に日本軍が海南島に侵入しました。その7か月後、1939年9月に、ポーランドに、 ドイツ軍が西方から、ソ連軍が東方から侵入して分割占領し、第2次世界戦争が開始されました。 日本政府が2月10日に日本軍を海南島に奇襲上陸させたのは、「紀元節」である2月11日に海南島の首都、 海口を占領することを計画していたからでした。 1939年2月11日、日本のマスメディアは、 海南島奇襲上陸(宣戦布告なしの海南島戦争開始)の「成功」と「紀元節」を大きく報道しました。 


と き:2009年2月8日(日)13時~17時(開場12時半)
ところ:
 大阪産業大学 梅田サテライト・レクチャーA室(大阪駅前第三ビル19階) 

プログラム

【研究報告Ⅰ】 天皇制国家日本のアジア侵略への国家総動員 紀元節・神武天皇陵・八紘一宇

久保井規夫
 日本が海南島侵略を開始していたころ、日本国内では「神武天皇御陵」や「橿原神宮」が国策として拡張され、「八紘一宇」というアジア侵略への国威高揚のスローガンが掲げられ、国家総動員の仕上げがおこなわれていました。
 

【研究報告Ⅱ】 1939年2月10日の世界史的意味

佐藤正人
 国民国家日本が1869年にアイヌモシリの一部(「北海道島」)を植民地としてから70年後、1939年2月に、天皇ヒロヒトと日本政府は、海南島に日本軍を奇襲上陸させました。それからさらに70年が過ぎました。海南島近現代史のなかの日本近現代史と世界近現代史を認識する意味を、みなさんと共に考えたいと思います。
 

【研究報告Ⅲ】 1939年2月、マスメディアは海南島侵略をいかに報道したか

竹本昇
 1939年2月10日に、大阪毎日新聞社は、「今暁・海南島へ奇襲上陸 直ちに猛進撃を開始 宛ら無人の野を征く」という号外を出しました。その「無人の野」における日本軍の犯罪を報道したマスメディアはありませんでした。
 

【研究報告Ⅳ】 2009年、マスメディアは海南島をどのように報道しているか

日置真理子
 70年前、日本人がどのような目的で海南島に上陸したか。そして何をしたのか。まったく振り返ることがないまま、海南島をリゾート目的で利用する日本の報道を取り上げてみます。
 

【研究報告Ⅴ】(予定)  海南島捕虜収容所のオーストラリア軍ガル・フォース  飢えと疫病と重労働  生き証人に聞く

西里扶甬子

参加して

 海南島?どこにあるの?と何も分からないところから始まり、その後多くの情報をさまざまな形で知ることになり、興味を持ち続けて早くも2年近くが過ぎ、ようやくたどり着いた感があります。

 在日朝鮮・韓国人の抱える過去から未来のさまざまな問題に関心を持って来ましたが中国のしかも南方の小さな島での悲惨な事実は旧帝国日本軍が犯した蛮行の殆どがそこにある事を証明してます。
 この事実を広く日本社会や朝鮮・韓国そして中国の人たちに知ってもらわなければなりません。そのために調査・研究しその結果を踏まえてさまざまな行動を起こして来られた事に敬意を表します。

 行動のひとつとして海南島における「朝鮮村」での大量虐殺の事実を韓国の真相究明委員会(2004年3月22日公布)に知らせこの事に対する調査の依頼をしました。
 しかし、この事実を再三訴えたにもかかわらず実質的に何の行動もなされなかったのはとても残念で腹立たしい。
 韓国の真相究明委員会が中国のしかも南方の小さな島であることから軽視しているのであればとんでもない間違いであり、小さな島だからこそ狭い範囲で多くの証拠を得ることが出来る願ってもない場所であると言えると思う。しかも、海南島近現代史研究会が独自に調査した資料もあり、これを無視しているのは韓国の国民に対する背信行為でもある。

 更に許されない事件がある。これらの調査・研究結果の企画・展示の予定(2004年)が目に見えない大きな力(権力)の横槍で中止となった事だ。
 しかもその開催場所は大阪人権博物館(リバティおおさか)である。その後、大阪市市民人権室が「海南島」という言葉に難色を示しているということから大阪人権博物館の理事会で不支持となり延期となった。その公式理由は「調査が不十分」ということだった。
 元々この企画は博物館からの依頼で準備したもので博物館側が何らかの圧力によりそれに屈服し、人権を守るべき側から人権を蹂躙する側についた事をしっかりと私たちは認識しなければならない。

 この問題はここで終わらなかった。今年の2月に大阪人権博物館セミナーとして予定されていた「被差別民衆とアジア・太平洋戦争」が大阪市市民人権室からの「補助事業の目的、内容等が適正とは認められないので・・・」という理由で不受理とされ、博物館側は今後の助成を懸念して事実上、中止となった。
 「内容が適切でない」とはどういう事なのか?元々この企画は博物館側の企画であるという事は博物館が自分たちの目的さえも把握出来ない程度の組織なのかと疑いたくなる。このままでは存在意義をなくし、消滅してしまうのではないかという危惧を抱かざるおえない。
 そのようなことにしては決してならないという思いは人権問題にかかわる人たちや関心のある多くの人たちの共通の思いであると思います。
 人権を踏みにじる側に媚びるのではなく人権を守る側として博物館もともに闘ってくれれば存続価値も高まるし、それでこそ人権を扱う博物館としての真の姿ではないのか?早急に悔い改めて欲しい。